高校時代から注目を集め、今後の活躍が期待されている荒尾怜音選手。リベロとして高い技術を持ち、学生時代に出場した大会で何度もリベロ賞を獲得していたことでも有名ですね。そんな輝かしい経歴を持つ荒尾怜音選手ですが、早稲田大学に通っていた頃に燃え尽き症候群と診断され、人知れず苦しんでいたといいます。
今回は、荒尾怜音選手がどのようにして燃え尽き症候群を乗り越えたのか、また大学卒業後の進路についてもまとめてみました!
荒尾怜音は燃え尽き症候群をどう乗り越えた?
高校1年生の時からスタメンとして試合に出場していた荒尾怜音選手は、1年生の時に春高優勝とリベロ賞を達成。世代を代表するリベロとして注目を集めますが、翌年は準決勝で敗退してしまいます。
その悔しさをバネに、高校3年生の時にはバレーボール一色の日々を送ったという荒尾怜音選手ですが、残念ながら雪辱を果たすことはできませんでした。
姉の言葉でバレーを続けられた
春高にすべてを懸けていた高校3年時の負担が大きく、当初は大学でバレーをすることに前向きではなかったという荒尾怜音選手。早稲田大学に入学した1年生の時、新型コロナウイルスの感染拡大により体育館での練習ができなくなってしまいますが、その期間で逆に気持ちを切り替えられたそうですよ。
また、ケガで競技を辞めざるを得なかったお姉さんの「できる間はやったほうがいい」という言葉にも背中を押されたそうです。
バレーと距離を置くことで回復
荒尾怜音選手は、大学1年の時に出場した初めての全日本大学選手権(全日本インカレ)で優勝し、個人でもリベロ賞を獲得。高校時代に敗れた相手にもリベンジを果たしますが、目標を達成したことで「次は何のために頑張ればいいのか」が分からなくなってしまったそうです。
そのうち練習に行くのがつらくなり、早大スポーツ科学学術院の准教授で精神科医の先生に診てもらったところ、燃え尽き症候群であることが判明。しかし一旦バレーと距離を置くことで、症状は徐々に回復していったそうです。
大学4年時に四冠を達成
燃え尽き症候群だけでなく、大学2年時のひざの故障や、大学3年時の全日本インカレ準決勝敗退など、様々な試練を乗り越えてきた荒尾怜音選手。さらに大学4年時には、チームが2枚リベロを採用。これまで2枚リベロの経験がなかった荒尾怜音選手は、感覚を掴むのにだいぶ苦労したそうです。
しかし家族の支えもあって、大学4年時には「四冠」という偉業を達成。春の関東大学リーグ戦や全日本インカレなどで優勝し、個人でもリベロ賞を獲得するほどの活躍を見せました。
荒尾怜音の進路は?
荒尾怜音選手の大学卒業後の進路について調べてみたところ、2024年現在はヴォレアス北海道に所属していることが分かりました。
ヴォレアス北海道は、2022-23シーズンにV1昇格を果たした今勢いのあるチーム。荒尾怜音選手は熊本県出身のため、北海道の寒さにはなかなか慣れないようですが、ぜひ体調に気をつけて頑張ってほしいですね。
荒尾怜音のプロフィール
- 名前:荒尾怜音(あらお・れおん)
- 生年月日:2001年5月1日
- 出身地:熊本県菊池市
- 身長:175cm
- ポジション:リベロ
荒尾怜音選手は地元の鎮西高校を卒業後、早稲田大学に進学。3歳からバレーボールを始めていますが、リベロに転向したのは高校生になってからだそうです。
まとめ
今回は、荒尾怜音選手がどのようにして燃え尽き症候群を乗り越えたのか、また大学卒業後の進路についてまとめてきました。
大学1年の時に全日本インカレで優勝したことをきっかけに、燃え尽き症候群になってしまった荒尾怜音選手。目標を達成したことで何のために頑張ればいいのか分からなくなってしまったそうですが、バレーボールと距離を置くことで症状が回復していったそうです。
大学卒業後の進路はヴォレアス北海道で、バレー選手として新たな一歩を踏み出した荒尾怜音選手。今後の活躍にも期待していきましょう!